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豆知識

ブラジリアン柔術 -実践を重視した最強の格闘技-

90年代に、反則攻撃が目つぶしと噛みつきだけというUFCや総合格闘技の大会でグレイシー一族が大活躍し、大きく注目を浴びるようになりました。寝技を中心としたより実践的な格闘技としての特徴があります。

ブラジリアン柔術について

ブラジルに移住した日本人、前田光世は講道館柔道の高段者でした。前田から学んだグレイシー一族が体系化したのがブラジリアン柔術です。エリオ・グレイシーにより創られたグレイシー柔術はブラジリアン柔術の最も有名な流派ですが、今日ではブラジリアン柔術とグレイシー柔術は、ほぼ同義語と言えます。実践的な格闘技であり、グレイシー一族が総合格闘技の世界でめざましい活躍を見せ、一躍世界的に有名になりました。

実践を重視したテクニック

ブラジリアン柔術は、ある程度ではありますが、柔道の創始者、嘉納治五郎の哲学に影響を受けています。嘉納は、柔道は人格の形成と肉体の強化をしなければならない、と提唱していました。ブラジリアン柔術と柔道の大きな違いは、ブラジリアン柔術が寝技を重視している点にあります。柔道のルールでは、競技者は立って試合を開始しなければいけません。しかし、ブラジリアン柔術にはそのようなルールはありません。競技者が相手を床に引き込んで有利なポジションをとるとポイントになります。

ガードポジションとマウントポジションは、ブラジリアン柔術における重要なテクニックです。ガードポジションは、自分が下になり、両足で相手の胴を挟んで締めます。マウントポジションは、相手の上になって強力な打撃を加えたり、崩したりしてチョークスリーパーなどで極めるためのポジションです。

多大な影響を与えた前田光世

前田光世は、プロの格闘家として、1909年から1913年までの間、メキシコ、コスタリカ、キューバ、ブラジルでレスリングの試合を行い、最終的にブラジルに定住します。彼は柔道に近いルールで約1000試合行い、無敗だったといわれています。敗北したのはたった2回で、それはレスリング形式の別ルールだったそうです。

前田は多種多様な格闘家に挑戦状を送りつけており、その行動がグレイシー一族にも受け継がれているのがおもしろいところです。エリオ・グレイシーは、ヘビー級ボクサーのジョー・ルイスに挑戦し、息子のホイスはマイク・タイソンに挑戦しました。その試合は実現はしませんでしたが、これらの行動はブラジリアン柔術の人気を高めるのに一役買いました。

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